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没後650年 南北朝時代に九州を制した懐良親王 

歴史は苦手で、授業中は居眠りしていた管理人のhotomekiです。

「戦国BASARA アニメ続編決定」というニュースが流れ、『歴女』ブームというのを初めて知りました。
「歴女」じゃなかばってん、私も久留米周辺の中世の歴史に少し興味がある一人です。
そのきっかけは、「アジサイ寺」として今月12日にご紹介した「千光寺」。
寺の裏山には、なんと! 後醍醐天皇の皇子にして征西将軍宮、懐良親王のご陵墓があるとです。

全国の歴史が好きな方の中には、この南北朝時代の九州や、懐良親王、菊池武光ファンの方も多く、
ネットでは、某放送局の大河ドラマで九州を舞台にした「太平記」をやって欲しいという声もあります。
私も、薩摩から肥後、「筑後川の戦い」から九州平定までの壮大なドラマを見てみたか~、って思いよります。
親王役は誰がよかやか、美形の若武者にして欲しいな、武光は誰にしようかと、勝手に想像してみたり・・・笑

千光寺の紫陽花は今まさに見頃を迎えています。(紫陽花の写真は19日金曜日)

千光寺のアジサイ三回目1


千光寺のアジサイ三回目2


今日はしっかりと雨になったので、紫陽花も喜こんでいることでしょう。また見に行こうかな。

千光寺のアジサイ三回目3


千光寺の境内には、筑後国主田中忠政の供養塔や草野家一門の墓、懐良親王の宝筐印塔があり、
そこから更に、かなりきつい坂道を登ったところに、玉垣に囲まれたご陵墓があります。

千光寺ご陵墓への坂道


1359年、大保原の合戦ののち深傷を負われた懐良親王は、千光寺近くの谷山城に引き揚げられたが、
手当ての甲斐なく、8月18日死去された。
谷山右馬介は味方の士気をおもんばかって、この場所より下の杉林で密かに火葬した。
その場所を『御火化所』 (おかげしょ) と呼び、御陵墓からは石棺と朱詰の鉄鉢が出てきたという。
・・・案内板から引用


千光寺ご陵墓


星野村大明神山のご陵墓3千光寺の寺伝では、今から650年前の1359年に懐良親王が死去されたとになっていますが、現在、親王の死については諸説あり、未だに決定的な史実は出てきていないそうです。

懐良親王の墓といわれるのが、千光寺の他にもいくつもあって、中でも福岡県星野村の大円寺、熊本県八代市の悟真寺、
それぞれの裏山にも御陵墓があり、その地で亡くなられたとの伝承が残っています。
両方とも訪ねてみましたが、特に、八代市にある墓は
宮内庁に認定された格式ある御陵墓でした。

千光寺のご住職や、草野歴史資料館の学芸員の方にお聞きしたら、明治の頃に行われた御陵墓認定の折、久留米は政治的に
いちおし足らなかったのかもしれない、とおっしゃってました。おしい・・・・
左の画像は、星野村大明神山にある懐良親王御陵墓


筑後川の合戦で亡くなったとすれば、そののち、太宰府を制して征西府を開き、
親王の名で綸旨を出したり、中国の明に「日本国王良懐」と称せられた人物は誰であったのか。
(きっと影武者が生きたに違いない! とは私の勝手な妄想 )

ゆかりの地を訪ねる旅


酒懐良親王ゆかりの地や、筑後川の合戦場跡など、
久留米市周辺にはいくつもの史跡が残されています。
南朝ゆかりの地を訪ねるプチ旅はいかがですか。

← 千光寺の御陵墓の前に、誰が置いたかカップ酒



コメントありがとうございます

  口には出せない・・       | URL | エミコ | 2009/06/23 * 編集 *

懐良親王・・何て読むんだっけ?

いつも、つまづき、口をごにょごにょ・・しちゃうんです。
何だか最近、読みが変わったとか。ますます、ついて行けない私。

しかし、管理人さん、あなたは立派な歴女です。
歴女ツアー、結構行けそうな感じですね~。

千光寺の陵墓・・行ってみたくなりました。
千光寺~高良大社のプログラム。。何かの形で実現できるといいですね。

  歴女げな畏れ多い・・・       | URL | hotomeki | 2009/06/23 * 編集 *

>エミコさん、こんばんは。
後醍醐天皇の皇子には「良」がつくことが多いんですが、以前は「なが」と読まれていたのが、
最近は訓読みの「よし」が主で「なが」が注釈となっているのです。

懐良親王(かねよししんのう)、護良親王(もりよししんのう)、
尊良親王(たかよししんのう)、成良親王(なりよししんのう )など。

歴史って、学校で教わったことでも、ひっくり返ったりすることがありますよね。
でも、なかなか子供の頃に教わったことは脳内変換できなかったりして。。。

本物の「歴女」さんと、千光寺から高良山、数ある耳納連山の城跡を巡ったり、
宮ノ陣から大保原、花立山など、一緒に歩いてみたいですね。
誰か、「筑後川太平記」とか書いてくれんやか~(^v^)

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